「今の防水業界がこれでいいのか」「いい仕事をすること、社会的貢献をすることと、防水工事で利益をあげることは両立すべきだ」と考えるあなたに!

2010年 12月6日 号

2010年 12月6日 号 新月

2010年 師走しわす 平成22年、昭和85年、大正99年、明治143年

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エコポイントで断熱材がブレーク

ロンシール総会

上期 塩ビシート・タイル出荷量は1,220万㎡
東日本ロンシール会首都圏支部総会
作っても作っても需要に追い付かない業界。断熱材市場は一気に3倍
そんな話を東日本ロンシール会首都圏支部の横山昌弘支部長が総会で話していました。
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水コンペ 入賞作品に 審査委員からのコメントとアドバイス

パーティー

審査委員長 六鹿正治日本設計社長の総評
今回のテーマは「落水荘」。建築に関わる人間ならライトのカウフマン邸、自然の中で水が落ちている景色を思い浮かべ、それと空間をどう絡めるかという展開が正攻法と考えられる。今回は、それに対して正面からでなく側面、裏側から取り組んだ人が多かった。>>全文を読む?

水路閣のひび割れ対策、いまだ方針固まらず。

水路閣

南禅寺水路閣のひび割れ対策、いまだ方針固まらず。第2回委員会は年明け。年度内には開催。
緊急対策工事は2008年7月31日から8月8日まで行われ、橋台に鋼材を組み立て倒壊を防いだもの。現在もそのままの状態である。本日記8月25日の記事で報告した水路閣のひび割れ対策は、年内の方針決定も難しい見通しようですね。>>全文を読む

絵日記

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これが日本の防水の起源 小堀鞆音による天智天皇への「燃土燃水献上図」

献燃土与燃水
《天智天皇七年(六六八)七月》高麗従越之路遣使進調。風浪高。故不得帰。以栗前王拝筑紫率。于時近江国講武。又多置牧而放馬。又越国献燃土与燃水。又於浜台之下諸魚覆水而至。又饗蝦夷。又命舍人等、為宴於所々。時人曰。天皇天命将及乎。

小堀鞆音色紙
小堀鞆音 燃土燃水献上図

天智天皇を祀る近江神宮の広報誌「志賀264号」(平成2年発行)に当時の宮司、吉田健一氏が次のように書いておられる。

近江大津京に都が遷(うつ)された翌天智七年(668年)は新都において天皇御即位の大典が執り行われた御年であった。その秋七月に、越(こし)の国より「燃ゆる土、燃ゆる水」の献上が近江朝廷にあったことが日本書紀に記されている。「燃ゆる土」とは天然アスファルト、「燃ゆる水」とは原油のことである。献上地である越の国は今日の新潟県北蒲原郡黒川村であったことがほぼ確証されている。ここに見られる「燃ゆる水」の記事が我が国文献における石油の初見である。(*編集長注:同時に瀝青=アスファルトの初見でもある)
中大兄皇子により断行された大化の改新(645年)以降、越の国は北陸道の主要地として朝廷の重んずるところとなってゆく。…以下略

昭和57年10月1日、新潟県黒川村に石油資料館が建設され、竣工式が開催された。小堀鞆音画伯による「燃土燃水献上図」は日本石油が所蔵しているものだが、竣工を記念してこの絵を色紙にして500枚制作、関係者に配布された。上の写真は黒川村からいただいたその1枚を撮影したものである。

小堀鞆音の日本画は、日本石油創立30周年を記念して依頼されたことになっている。日本石油は「1917年(大正6年)5月5日に東京両国国技館で創立30周年記念式典挙行」という記録がある。
ところがこの絵の下画が存在し、それは東京芸術大学が所蔵している。下画の裏面には「大正3年博覧会出品画」とある。確かに大正3年に「東京大正博覧会」が実施され、小堀氏はその審査員を命じられたという記録がある。すると、この画は3年の展覧会のために画かれたのか、それとも従来からの説の通り大正6年・日本石油の30周年のために画かれたのか?謎解きのため明日、黒川村に行ってきます。

滋賀264

2010/11/29(月) 08:00:42|ARCHIVES|
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「BOUSUIデジタルアーカイブ」防水歴史図書館

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我が国の防水の歴史を考察する上でどうしても欠かすことのできない文献が何冊かあります。
防水歴史図書館(BOUSUIデジタルアーカイブ)では、そんな文献を1冊ずつ選び、本が書かれた当時の様子、おもな内容、その本のどこが「すごい」のか、現在生きる人たちにとって、どんな価値があるのか、それぞれの資料を担当するキュレーターが、時には執筆関係者への取材を交えて、分かりやすく解説します。

  • 主な収録項目

資料第壱号「アスファルト及びその應用」

資料第弐号「日本アスファルト物語」 (編集中)

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