燃土燃水献上図 大正3年(1914)小堀鞆音(こぼりともと)
燃土燃水献上図 大正3年(1914)小堀鞆音(こぼりともと)
燃土燃水献上図 大正3年(1914) 小堀鞆音(こぼりともと)
JX日鉱日石エネルギー㈱所蔵
「日本書紀」(第二十七巻、天智天皇七年)の記述「越国献燃土与燃水」に基づく画。
越国(現新潟県)で産出した燃土(アスファルト)と燃水(石油)を献上する様子を描く。下画が東京藝術大学に所蔵され、「大正三年博覧会出品画」との裏書があるが、東京大正博覧会へ美術部門への出品は確認されない。当時の日本石油㈱の依頼で制作された。以後石油業界では複製・印刷等で、図像が浸透した。
前田青邨による同主題の作や、「本作からモチーフを引用した、塚田秀鏡の彫金作品の存在も知られる。
先行図像のないこの故事を描くにあたっては、故事とは時代が隔たるが「鳥獣戯画」「伴大納言絵巻」のような平安鎌倉期の絵巻を参照したようだ。金砂子の大部分は後年の修理の際に施されたもの。
近代に入って重要性を増した石油業界の人々が自らの「歴史」の図像化を求めた、またこの鞆音画が典拠・参照されたことなど歴史画と社会との関係性が興味深い作品。初公開。(文献:ルーフネット http://roof-net.jp/ 参照。)
佐野市立吉澤記念美術館 小堀鞆音没後80年記念展 図録解説より
平成23年10 月1日発行。
燃える土とは天然アスファルト。燃える水とは石油。石油に関する日本最古の記録が日本書紀だ。
日本書紀は、奈良時代に成立した日本の歴史書。日本における伝存する最古の正史で、舎人親王らの撰で、養老4年(720年)に完成した。神代から持統天皇の時代までを扱う。全三十巻。
この天智天皇を祀っているのが滋賀県大津市の近江神宮である。
日本書紀の「燃土燃水献上」シーンを我が国歴史画の父・小堀鞆音が大正3年に制作した「燃土燃水献上図」である。前で担いでいる甕にはいっているのが「燃える水=石油」。後ろの唐櫃(からび)の中は「燃える土」。この時代、天然瀝青は接着材、防腐剤、防水材として使われていた。
黒川燃水祭。天智天皇の時代と同じようにカグマで採油し、桶に絞り出す。
毎年「燃水祭」は盛大に執り行われる。石油業界では昭和53年より多くの人たちが参列している。新潟県黒川から運んだ燃える水を奉献し、昨年はアスファルトルーフィング工業会の猪野瀬会長が日本書紀の該当部分を奉唱した。石油業界にとって天智天皇は「石油の祖神」であり、「燃水祭」は業界人として「石油の祖神」に感謝の祈りを捧げ、業界の繁栄を祈願する重要な行事となっている。
黒川燃水祭献上行列
石油業界にとって天智天皇が石油の祖神であるなら、防水業界にとって(道路業界にとってもなだが)燃える土を献上する天智天皇は「防水の祖神」である。近江神宮で行われる「(燃土)燃水祭」は「防水の祖神」に感謝の祈りを捧げ、業界の繁栄を祈願する重要な行事となるべきものであろう。
- 平成27年7月1日 黒川燃水祭 新潟県胎内市 シンクルトン石油記念公園
- 平成27年7月7日 近江神宮燃水祭 滋賀県大津市 近江神宮
本年の近江神宮燃水祭で、「燃土燃水献上図」の原寸複写が、石油商業組合、ARK、JWHA・日本防水の歴史研究会より、奉納される予定である。
2015/04/23(木) 00:10:09|ARCHIVES|