審査員と応募者の「真剣勝負」 水コンペの40年。
審査員と応募者の「真剣勝負」 水コンペの40年。
日新工業が「水コン」40周年記念作品集出版記念パーティー開催
歴代審査員・受賞者など120人が参加。パーティーのあと記念撮影を行った。
総合防水メーカー日新工業(相臺公豊社長)は3月12日、東京・六本木の国際文化会館で、「日新工業建築設計競技40周年記念作品集出版記念パーティー」を開催した。
挨拶に立った相臺社長は「皆様のおかげで水コンペは40年を迎える。この間14,576点応募があり、596点が受賞した。その中には高校生や70歳の建築家もいた。寄せられた情熱とアイデアを後世に残したいと思い作品集を作ることにした。これまで審査員には芦原義信先生、黒川紀章先生など世界的な建築家にお願いしてきた。若い人がこのコンペから巣立ち、また審査員として戻ってくることを願い、水コンペを50回、100回と続けて行きたい」と述べた。パーティーには歴代審査員のうち15氏(相田武文、芦原太郎、乾久美子、押野見邦英、北川原温、北山恒、香山壽夫、佐野吉彦、長谷川逸子、長谷川豪、馬場璋造、山下和正、山梨知彦、山本俊介、横河健)及び歴代受賞者のうち69人が参加した。
挨拶する相臺公豊社長。「作品集は応募者と審査員との真剣勝負の歴史。テーマは常に世情を映している」
25-28回の審査委員長を務めた香山壽夫さん(香山壽夫建築研究所)
29-33回の審査委員長を務めた北川原温東京芸術大学教授。
後援の新建築社吉田信之社長の発声で乾杯。奥左手の女性は司会の3代目ミス日本「水の天使」の神田れいみさん。
第5回テーマ「落水荘」で1等賞の富樫亮さん(日建設計常務執行役員)
当時早稲田大学大学院在籍中23歳。
コーディネーターの馬場さんから「世界中のどんな設計事務所でも紹介するから賞金の100万円で勉強してきなさい」と言われた。ところがこの直後に父親が失業し、賞金は学費に充当、無事卒業することができた。
1978年テーマ「落水荘」で一等入賞した作品。「落水荘と勝負せよ、という難題。ポイントは敷地選び。水の落ちているコンテクスト探し」が求められた。富樫さんは土木的景観を建築に取り込む。取水門を耕作時の休憩所として提案した。
第19回テーマ「記憶の住む家」で1等入選した馬場正尊(まさたか)さん(Open A代表。東北芸術工科大学教授)。
当時23歳、早稲田大学大学院在籍。馬場さんは、卒業後博報堂で、「後のブルータスカーサなどを先取りする雑誌「A」を創刊、編集長として「建築とサブカルチャーをミックスして、身のまわりの文化を伝えるメディア」を世に出した。その後編集活動の中から、都市をリサイクルするメディア『R不動産』を設立。また、『東京R不動産』と東北芸術工科大学建築・環境デザイン学科との共同プロジェクト「山形R不動産リミテッド」を2009年より運営。キャリア活動状況は↓
http://www.tuad.ac.jp/museum/archive/0910_misawaAsia/page2.html
当時学生結婚で子供がいた。食うや食わずの生活を送っていた時、すがる思いでコンペに応募した。入選を知ってすぐに紙おむつと米を買いに行ったことを覚えている。1等を取ったことで大きな自信を得た。人生を歩む上での推進力をもらった気がしており感謝している。
1992年テーマ「記憶の住む家」で1等入選した作品。
「建築が社会の記憶媒体だとすれば、私たちの住まいには何を記憶させ得るか」という課題に対して、馬場さんは「心理学療法で用いられる技法を空間化し集合させた。個人の記憶にアクセスする庭」を提案した。
第1回からコーディネーターを務めた馬場璋造さんの中締め。
2014/03/13(木) 02:45:32|ニュース|